競輪選手と級班
通常、S級S班を除く競輪選手の級班(S1~A3)は、2期前の成績によって決定される。例えば、現在の2022年前期の級班は、2021年前期の成績に従って決められている。つまり、自分の成績とクラスが反映されるまでには半年かかるということ。この半年の間に急激に成績を落としたり、逆に上げたりすると、その次期と次々期で属する級班が大きく変わることとなる。
級班についてはこちらの記事も参照👇
今回は、そんな制度のあおりによって、半年で【S級⇔A級3班(チャレンジ)】の行き来を経験した選手を紹介する。
中田健太(埼玉99)のケース
まず1人目は、埼玉の中田健太。現在は巧みな追走技術と鋭い中割りでS級でも決勝の常連となっているが、20代の頃はレースが荒く、失格によって級班を下げることも多かった。
その中田は2011年1月デビュー。1年後にはA級2班に昇班するが、2012年の後期にチャレンジ戦で失格を喫し、2013年後期のA級3班降班が決定する。
しかし、翌2013年前期は好調。A級1・2班戦で3回の優勝を果たし、2014年前期のS級昇級を勝ち取った。これに従い、中田は2013年後期⇒2014年前期にかけて「A級3班⇒S級2班」という3段階昇班を決めることとなった。
その後の中田は、2014年前期でS級点を確保。2014年後期は2013年後期のチャレンジ生活によってA2格付けとなったが、2015年以降は過度な失格を重ねることもなく、安定した成績を残しS級に定着している。ちなみに、2013年後期のA3降班時の競走得点は「93.06」、2014年前期のS2昇級時の競走得点は「78.30」であった。
佐藤健太(福岡101)のケース
ここからは、同一期に2名の選手が同時にS級⇒A級3班に降級したレアケース。1人目は、元愛知、現福岡の佐藤健太だ。逃げ・差し自在の立ち回りで、2018年後期に活躍を示し、2019年後期のS級昇級を確定させたが、10月の落車で大きく調子を崩し、年内のレースをほぼ欠場。翌2019年1月から復帰したが一向に調子が上がらず、失格も喫したことにより2020年前期のA級3班降級が決まった。
19年後期のS級戦は初戦こそ変幻自在の立ち回りで勝ち星を挙げたが、その後は全て予選敗退と不振を極める。しかも、95点台の得点を持って降級した20年前期のチャレンジ戦では力の違いを見せつけるかと思いきや、初戦で予選5着、準決勝7着(最終日欠場)という成績に終わった。結局この期はチャレンジのペースに対応できず、優勝どころか決勝にも進めないレースが続き、1期挟んで2021年前期には再度A級3班に降班している。2022年前期現在はA級2班。
小塚潤(愛知86)のケース
2人目は愛知の小塚潤。佐藤同様に2018年後期にS級点を獲得したが、9月に落車し戦線を離脱。翌1月に復帰したが調子は上がらず、7月にS級に昇級した際の競走得点は「79.60」というおよそS級選手としては考えられない点数だった(失格1回で2020年前期はA3)。
S級戦では1勝を挙げるにとどまったが、翌20年のチャレンジ戦では安定した成績を残し、後期以降はそのままA級上位戦に定着。2022年前期現在もA級2班に所属している。
まとめ
今回は、怪我・病気の長期欠場を除く「S級⇔チャレンジ」昇降級のケースを紹介した。今回の3名はいずれも「A3⇒S2」か、「S2⇒A3」だったが、もちろんS級1班の選手でも極端な成績の低下+複数回の失格でA3に落ちる場合があり得る。
逆にA3の選手が1期でS1に上がる場合も考えられなくはないが、その際は例としてA1で複数回失格⇒S2で1班点確保⇒A3⇒S1というとんでもない乱高下を繰り返すことになる。そもそも1班点を確保できるような選手は9連勝で特別昇班してしまうだろうから、よほどのことがない限り該当することはないだろう。
追記:小橋川健一(千葉87)のケース
追記として少し古いが、千葉87期の小橋川健一のケースを紹介する。全盛期は威力ある捲りを武器に活躍を示し、2007年4月には京王閣G3でS級初優勝を果たした。しかしその後は欠場がちになり、成績が急降下。2007年前期にS1点を確保したが、後期以降は極度の不振に陥り、出走するレースほとんどで8着,9着という状態に。それに落車が重なり、ついには2008年後期には5走しかレースに出走できず、2009年後期のA3降級が決まった。
ここで珍しいのが、小橋川は上記でも例の無かった「S1⇒A3」の降級に当てはまること。小橋川の不調は2007年後期から始まり、2008年前期は落車が相次いだことで既定の出走回数を満たせなかった。しかし、2007年前期にS1の点数を獲得したため、2008年前期はS1に格付けされていた。A2以上の選手は、落車により「31日以上の治療日数を要すると診断され」て出走回数を満たせなかった場合は、その期の審査はノーカウントとなり来々期は同じ級班に据え置かれる制度―いわゆる「公傷制度」があり、小橋川はこの制度に該当した(参考:「競輪に係る業務の方法に関する規定」第81条5項)。
まとめると、2007年前期S2で2008年前期S1点獲得→2007年後期S2で不調、2008年後期A1→2008年前期S1で出走回数満たせず、2009年前期S1→2008年後期A1でほとんど出走できず、2009年後期A3→2009年前期S1→2009年後期A3 という流れとなる。
小橋川はその後、A級上位戦とチャレンジを行き来しながら現役を続け、2019年7月に引退した。
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