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【競輪】グランプリ優勝者と現役引退―王者の引き際を振り返る

グランプリ優勝者と現役引退

これまで、グランプリ優勝経験者はS級在籍のまま引退するケースが多く、A級に陥落しても現役を続けるケースはそう多くはない。今回はそれに関連して、グランプリ優勝者がどのような引退を迎えたのかについて調査を行った。

KEIRINグランプリ優勝者一覧

まず、過去のKEIRINグランプリ優勝者をおさらいしておこう。

開催年競輪場優勝者
1985年立川中野浩一(福岡)
1986年立川井上茂徳(佐賀)
1987年平塚滝澤正光(千葉)
1988年立川井上茂徳(佐賀)
1990年立川坂本勉(青森)
1991年立川鈴木誠(千葉)
1992年平塚吉岡稔真(福岡)
1993年立川滝澤正光(千葉)
1994年立川井上茂徳(佐賀)
1995年立川吉岡稔真(福岡)
1996年立川小橋正義(岡山)
1997年立川山田裕仁(岐阜)
1998年立川山口幸二(岐阜)
1999年立川太田真一(埼玉)
2000年立川児玉広志(香川)
2001年平塚伏見俊昭(福島)
2002年立川山田裕仁(岐阜)
2003年京王閣山田裕仁(岐阜)
2004年立川小野俊之(大分)
2005年平塚加藤慎平(岐阜)
2006年京王閣有坂直樹(秋田)
2007年立川伏見俊昭(福島)
2008年平塚井上昌己(長崎)
2009年京王閣海老根恵太(千葉)
2010年立川村上博幸(京都)
2011年平塚山口幸二(岐阜)
2012年京王閣村上義弘(京都)
2013年立川金子貴志(愛知)
2014年岸和田武田豊樹(茨城)
2015年京王閣浅井康太(三重)
2016年立川村上義弘(京都)
2017年平塚浅井康太(三重)
2018年静岡三谷竜生(奈良)
2019年立川佐藤慎太郎(福島)
2020年平塚和田健太郎(千葉)

2021年4月現在、グランプリ優勝経験者25名のうち、現役を引退した選手は11名。それぞれについて、どのような現役引退を飾ったのか調査した(記事中敬称略)。

中野浩一(福岡)

第1回KEIRINグランプリを制し、世界選手権スプリントでも10連覇を達成…と、今さらその実績を語ることすら野暮に思えるご存知”ミスター競輪”・中野浩一。グランプリ制覇後もG1タイトルを積み上げ続けたが、1991年の久留米全日本選抜で決勝に勝ち進めなかったことを機に引退を決意。翌1992年の高松宮杯(現在の高松宮記念杯)決勝がラストランとなった。

後方8番手から渾身の捲りを放った中野だったが、先に番手から抜け出した滝澤正光をわずかに捕らえ切れず2着に惜敗。中野は、当時5つあったG1タイトル(当時は特別競輪)の内、唯一この高松宮記念杯だけは優勝することが出来なかった。1992年6月26日、登録消除。引退時の級班はS級1班であった。

井上茂徳(佐賀)

史上最多タイのグランプリ3回制覇を成し遂げた”鬼脚”・井上茂徳。1994年にグランプリ3度目の優勝を果たしたが、その後は特別競輪での度重なる失格もあり成績が下降。更に、1998年1月に立川で落車して右鎖骨を骨折した影響で最上位のS級1班からの陥落が決まり、引退を決意。1999年の静岡日本選手権を最後にバンクを去った。1999年3月31日、登録消除。引退時の級班はS級1班であった。

滝澤正光(千葉)

圧倒的な先行力で80年代の競輪界を支配した”怪物”・滝澤正光。中野浩一を倒すべく結束した「フラワーライン」の急先鋒として逃げまくり、獲得した特別競輪のタイトルは14にも及んだ。そんな滝澤も1997年の競輪祭を最後にG1決勝から遠ざかり、2008年後期からはA級陥落が決定。「A級に下がってまで走り続けるつもりはない」とした滝澤は、2008年6月24日の富山2Rを最後に現役引退を表明。ラストランは往年を彷彿とさせる単騎での先行勝負だった。2008年6月30日、登録消除。引退時の級班はS級2班であった。

坂本勉(青森)

1984年のロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得した”ロスの超特急”こと坂本勉。こちらも圧倒的な先行力でグランプリを含む3度の特別競輪制覇を飾り、デビューした1986年には35連勝を記録。これは今なお破られていない大記録である。

晩年は持病の腰痛に悩まされ、2011年後期よりA級陥落が決定。それを受け、同年6月に現役引退を発表した。ラストランとなった2011年6月22日いわき平7Rでは、北日本ライン3番手から直線鋭く追い込み見事勝利。有終の美を飾った。2011年6月28日、登録消除。引退時の級班はS級2班であった。

鈴木誠(千葉)

全盛期は全ての戦法を完ぺきにこなし、最強の自在型選手と言われた千葉の重鎮・鈴木誠。1991年のグランプリを痛烈な捲りで制し、競輪界の頂点に君臨。その後も息の長い活躍を続け、2005年には39歳11カ月で日本選手権制覇を飾った。現役最晩年の2016年までG1出場を続けたが、落車の影響もあり2018年7月に引退を表明、同年7月12日に登録消除。引退時の級班はS級2班であった。

吉岡稔真(福岡)

競輪王国・九州において中野浩一の後継者と謳われ、常勝の礎を築いた”F1先行”・吉岡稔真。驚異的な地脚を武器に1990年代の競輪界を席巻し、13の特別競輪タイトルを手中に収めた。特に、”東の横綱”・神山雄一郎との対決は数多くの名勝負を生み、90年代の競輪黄金期を支えた。

そんな吉岡も、1999年以降は度重なる落車に悩まされG1優勝から遠ざかる。完全な低迷期から復活のG1優勝を飾ったのは、2006年の立川日本選手権。全盛期を彷彿とさせる逃げ切りだった。そして、同年のKEIRINグランプリで9着に終わったのを最後に現役引退を表明。グランプリでは、井上昌己・合志正臣という若手2人を後ろに置いての自力勝負を見せた。2007年1月12日、登録消除。引退時の級班はS級1班であった。

小橋正義(岡山⇒新潟)

鋭い末脚と天才的なレース勘でタイトルを積み重ね、”名刀正義”と称えられた小橋正義。1995年以降は新設されたG1・寛仁親王牌を4度も制し、その勝負強さは天下一品であった。現役晩年は2013年までG1に出場したが、力の衰えもあり2015年後期に28年間在籍したS級からA級に陥落。A級でも気迫あるレースを展開していたが、2017年1月に引退を表明した。同年1月12日、登録消除。引退時の級班はA級1班であった。

山田裕仁(岐阜)

2002年、2003年と史上初のグランプリ連覇を達成し、また初めて6番車でのグランプリ優勝を成し遂げたことから”最強の6番車”、”中部の帝王”と畏れられた山田裕仁。全盛期の捲りは神山雄一郎・吉岡稔真といったトップレベルにも引けを取らない力強さがあり、中部地区の司令塔として戦い続けた。現役最晩年まで捲り兼備の自在型として活躍したが、2014年3月の名古屋日本選手権を最後に引退を表明。同年5月26日に登録消除。引退時の級班はS級1班であった。

山口幸二(岐阜)

今や競輪界のご意見番としてすっかりお馴染みの山口幸二。現役時代は2度のグランプリ制覇を果たしたが、2回目となった2011年は中部3番手から追い込み、43歳5カ月で優勝。この記録は最年長優勝記録として、今なお破られていない。翌2012年も2度のG1決勝進出を果たしたが、グランプリ出場権は得られずS級S班からの陥落が決定。決勝に進んだ競輪祭(7着)を最後に引退を表明した。同年12月25日、登録消除。引退時の級班はS級S班であった。SS格付けのまま引退した選手は、2009年に急逝した手島慶介(群馬)と山口の2人のみである。

児玉広志(香川)

小柄な体格と、それを補って有り余る気迫溢れるレースが持ち味だった香川の勝負師・児玉広志。時には落車・失格も厭わない危険な走りを展開することもあったが、1996年~2000年にかけて5つの特別競輪タイトルを獲得した実力は本物であった。2001年以降は過度な落車により成績も下降したが、現役最晩年までS級1班を維持し、存在感を見せつけた。2015年8月7日、登録消除。引退時の級班はS級1班であった。

加藤慎平(岐阜)

変幻自在の立ち回りで2000年代中盤の競輪界を盛り上げた加藤慎平。特に、2005年は12月の岸和田全日本選抜でG1初優勝を飾ると、その勢いのままにグランプリを制覇。G1初制覇後わずか1カ月でグランプリ優勝という離れ業を成し遂げた。その後は2010年に発症した腰痛を押しながら現役を続行。2019年前期のA級陥落を前に、2018年12月13日で登録を消除した。引退時の級班はS級2班であった。

有坂直樹(秋田)

全盛期は鋭い捲り・差しを武器に一線級で活躍。2006年、37歳で初出場を果たしたKEIRINグランプリでは、北日本3番手から直線中をこじ開けて優勝。その他、2005年には第1回のサマーナイトフェスティバルを制し、ナイターレースでの強さから元祖「夜の帝王」と呼ばれた。現役最晩年は腰痛・膝痛に悩まされ、成績が降下。2022年のA3降班を待たずして、2021年9月30日に引退となった。 引退時の級班はA級2班であった。

まとめ

今回は、グランプリ優勝選手の引き際についてご紹介した。S級、それもトップクラスに君臨したままバンクを去る者、A級に陥落しても限界まで戦い続ける者と、その最後は様々である。現在もG1で戦い続ける選手は、どのような身の引き方を選択するのか―。

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