【競輪コラム】競輪ワールドシリーズは「挑戦した選手が損をしない舞台」に
2026年、競輪界に戻ってきた「競輪ワールドシリーズ」は、間違いなく新しい刺激をもたらしている。国際競輪から始まり、短期登録制度を経て、2019年を最後に中断していた流れが、7年ぶりに「ワールドシリーズ」という看板で再開された。世界トップクラスのスプリンターが日本の競輪場に立ち、日本勢と同じルールで戦う。その意義は大きい。
実際、メンバーの肩書きは強烈だ。ハリー・ラブレイセン、マシュー・リチャードソン、エレセ・アンドルーズらは五輪・世界選手権で結果を残してきた選手であり、純粋なトップスピードだけを見れば、日本の多くのS級選手、ガールズ選手が分の悪い戦いを強いられるのは当然である。ファンにとっては「世界の脚」を目の前で見られる貴重な機会だが、走る側にとっては別の問題がある。
競走得点・賞金の問題
それが、競走得点との兼ね合いだ。選手にとって点数の上下はあっせん、級班、選手生活そのものに関わる。通常開催のF1に、世界トップの短距離選手が入ってくる。しかも、相手は脚力だけなら明らかに上。そこで着を落とせば、賞金を取り逃すだけでなく、点数面でも痛手を負う。これでは「出たい」よりも「点数を守りたい」という心理が働いても不思議ではない。
象徴的だったのが、6月の防府開催だ。初日のS級予選では、トゥルーマンが入った8R、ラブレイセンが入った11Rだけでなく、9R、10Rも5車立て。ワールドシリーズという看板を掲げながら、予選から小ぢんまりした番組が続いた。もちろん欠場には個別事情があり、すべてを制度のせいにするのは乱暴だ。それでも、「外国勢と走るリスクに対して、国内選手側のリターンが薄い」という構造が、番組の魅力を削る方向に働きやすいことは否定できない。
ただし、青森開催はもう一つの現実も示した。7月3日から5日の青森では、リチャードソンが初日2着、準決3着、最終日特選2着。トゥルーマンも初日2着、準決4着、最終日特選2着で、両者とも未勝利に終わった。決勝は菅田壱道が新山響平を差し、3着も照井拓成。東北勢の上位独占だった。つまり、男子の競輪では、単純な脚力だけで勝負が決まるわけではない。ライン、位置取り、仕掛けのタイミング、番手の仕事。そこに日本競輪の奥行きがある。
ガールズケイリンは厳しい事情も
一方で、ガールズケイリンは事情が違う。ラインがなく、レース構造として脚力勝負になりやすい。青森のガールズ決勝もアンドルーズ、ファンデルワウ、太田りゆの順で、海外勢が上位を占めた。もちろん日本勢にとって貴重な経験ではあるが、男子以上に「世界との差」が着順へ直結しやすい。ここに男子と同じ物差しを当てると、挑戦の意味よりも不利だけが目立ってしまう。
改善策は?
では、どう直すべきか。まず競走得点は、ワールドシリーズ専用の補正を入れるべきだ。単純に「得点対象外」にすると、今度は真剣勝負の緊張感が薄れる恐れがある。理想は、外国人選手が出走するレースだけ基準点を上げる、または日本人選手が外国勢に先着した場合にボーナス評価を与える仕組みだ。JKAは2026年後期から一部レースの競走得点基準点を変更しており、制度上、レースの性格に応じた補正は決して不可能ではない。
次に賞金。ワールドシリーズを単なるF1の一種として扱うのではなく、「世界トップに挑む開催」として上積みが必要だ。特に、優勝賞金だけを上げるよりも、「外国勢に先着した日本人最上位」「決勝進出」「外国勢撃破賞」のように、挑戦そのものへ報いる設計が望ましい。勝った者だけが得をするのではなく、強敵に挑んだことが報われる制度にしなければ、国内選手の参加意欲は高まらない。
番組面では、最低7車立てを維持する努力も必要になる。5車立てでは、ラインの厚みも、展開の綾も、車券の妙味も薄くなる。外国勢を入れるなら、地元の強力な自力型、ナショナル経験者、番手で仕事ができる追い込み型を意識的にそろえ、「どう倒すか」が見える番組にしたい。青森で日本勢が結果を出したように、外国勢をただの怪物として扱うのではなく、日本競輪の戦術で迎え撃つ構図を作るべきだ。
最後に、見せ方も重要だ。ファンに対して「外国人が強いです」だけでは足りない。「どこで日本勢が勝てるのか」「ライン戦で世界の脚をどう封じるのか」「ガールズではどこまで抵抗できるのか」を、開催前から丁寧に打ち出す。そうすれば、ワールドシリーズは単なる国際交流レースではなく、競輪の魅力を再発見する舞台になる。
競輪ワールドシリーズの課題は、外国勢が強すぎることではない。強すぎる相手と走る国内選手が、制度上損をしやすいことにある。挑戦した者が点数を失い、避けた者が守られる開催では、長続きしない。逆に、挑戦した者が評価され、ファンがその挑戦に熱を持てる仕組みを作れば、ワールドシリーズは競輪界にとって大きな財産になる。青森で見えた「日本勢にも勝ち筋はある」という事実を、次の制度設計に生かしたい。
