【競輪・コラム】記念開催の価値をもう一度高めるには?「スーパーG3」と「新ふるさとダービー」構想
競輪の記念開催を見ていると、時にS級S班の選手が地元のS級1班、あるいは地元選手の厚いラインに敗れる場面がある。もちろん、これは単純に「SSが弱い」という話ではない。むしろ、競輪という競技の年間構造を考えれば、ごく自然な現象ともいえる。
グランプリを狙う選手にとって、記念はG1へのステップ
現在のトップ選手にとって、年間最大の目標はG1、そしてKEIRINグランプリである。G1を制すればグランプリ出場が決まり、賞金面でも年間ランキングに大きな影響を与える。一方で、記念は優勝賞金が640万円。最も優勝賞金が低いG1である全日本選抜・寛仁親王牌の4,700万円と比較しても7倍以上の差がある。すなわち、記念を7回優勝しても、G1を1回優勝した賞金に届かないのだ。トップ選手が一年中すべての開催でピークを作ることは現実的ではなく、G1を見据えて状態を上げ下げするのは、むしろプロとして当然の判断だろう。
その一方で、地元地区の選手にとって記念開催は特別な舞台である。地元ファンの声援、慣れたバンク、厚い地区ライン、そして「ここで結果を出したい」という思いがある。極端に言えば、7割の仕上がりで臨むSSと、100%、あるいは120%まで仕上げてきた地元エースがぶつかれば、後者が勝つことも十分にある。そこにこそ、記念競輪の面白さがある。
記念開催の価値の再考へ
ただし、問題はその先だ。記念にドラマがあるにもかかわらず、制度上の価値がG1に大きく寄りすぎているため、ファンの側にも「本番はG1」という見方が強くなっている。これは決して悪いことではない。G1の格式を高めることは競輪界全体にとって重要だ。しかし、G1以外の開催が「調整」のように見えてしまうなら、記念のブランド価値をもう一度見直す時期に来ているのではないか。
そこで考えたいのが、「スーパーG3」あるいは「ふるさとダービー」のような中間グレードの再整備である。
かつて競輪界には、2008年までふるさとダービーという開催があった。GIを開催しづらい地方競輪場にもトップ選手を呼び、地域の競輪場を盛り上げる役割を担っていた大会である。時代の流れの中で役割を終えたが、その考え方自体は、現在の競輪界にも十分通用する。むしろインターネット投票が主流となり、全国どこの競輪場でも売上を作れる時代だからこそ、「地方の競輪場に特別な物語を持たせる」意味は大きい。
ただし、昔と同じ形で復活させる必要はない。年に3回、4回と行えば、どうしても特別感は薄れる。ふるさとダービーが廃止されたのも、年3回以上の開催で参加選手のマンネリ化が進み、ファンに飽きられたことが理由にある。そして現在のカレンダーに無理やり開催を増やすのも得策ではない。現実的なのは、既存の記念を年2回だけ置き換える形で、新しい「ふるさとダービー」的な開催を設けることだろう。
優勝賞金は通常記念より高く、G1よりは下に置く。たとえば1,500万円から2,000万円台の水準であれば、G1の格式を損なわず、それでいてSSや賞金ランキング上位を狙う選手にとっても無視できない開催になる。グランプリ出場権までは与えないとしても、賞金ランキングに大きな影響を持つ大会にすれば、選手の本気度は自然と上がる。
斡旋面でも工夫が必要だ。最大の軸は「地域代表感」である。開催地区のS級1班上位選手、地元の若手機動型、番手を回れる実力者を厚めに配置し、そこに全国のトップ選手、SS班が乗り込んでくる構図を作る。単に強い選手を集めるだけではなく、「地元地区がSSを迎え撃つ」という物語があれば、ファンは感情移入しやすい。ただし、やりすぎると「地元有利すぎる」「番組が偏っている」と見られるリスクがあるため、その辺りは工夫が必要となる。
SSの斡旋も、年2回で完全に分ける形が面白い。たとえば一方に4名、もう一方に5名を配置し、同じ顔ぶれにならないようにする。これにより、どちらの開催にも独自性が出る。さらに、開催地も東西や地区が偏らないようにすれば、「今年のふるさとダービーはどこで行われるのか」という発表自体がニュースになる。
売上が上がった今なら賞金面も現実的?
もちろん、賞金を上げる以上、財源の問題は避けられない。すべてを施行者負担にすれば、小規模な競輪場では開催が難しくなる。そこで、業界全体による補助制度を組み合わせる考え方は有効だろう。売上規模の大きい競輪場は自己負担を厚くし、地方の小規模場には補助を厚くする。さらに、地元自治体や施行者によるプロモーション努力、来場促進、地域連携なども評価に入れれば、単なる賞金補助ではなく、競輪場の活性化策として機能する。競輪全体の売上が安定した今なら、そこまで無理のない話ではないか。
大切なのは、賞金だけを上げて終わらせないことだ。名称、出場基準、斡旋、勝ち上がり、地域性、プロモーションが一体になって初めて、新しい開催には意味が生まれる。「高額なG3開催」ではなく、「G1とは違う価値を持つ大一番」にしなければならない。
競輪は、ラインがあり、地区があり、地元戦があり、選手同士の関係性がある競技だ。だからこそ、中央集権的なビッグレースだけでなく、地域の誇りを前面に出した大きな舞台との相性が良い。G1が競輪界の頂点を決める場だとすれば、新しいふるさとダービーは「地域の意地が全国のトップに挑む場」であっていい。
記念競輪の価値が相対的に薄れている今だからこそ、G3とG1の間に、もう一つ「選手が本気で欲しがるタイトル」を作る余地はある。懐古ではなく、現代版への再設計としてのふるさとダービー。競輪場、選手、ファンの三者にとって、もう一度検討する価値のあるテーマではないだろうか。
