小橋正義(岡山⇒新潟)
鋭い末脚と天才的なレース勘でタイトルを積み重ね、”名刀正義”と称えられた小橋正義。1995年以降は新設されたG1・寛仁親王牌を4度も制し、その勝負強さは天下一品であった。現役晩年は2013年までG1に出場したが、力の衰えもあり2015年後期に28年間在籍したS級からA級に陥落。A級でも気迫あるレースを展開していたが、2017年1月に引退を表明した。同年1月12日、登録消除。引退時の級班はA級1班であった。
山田裕仁(岐阜)
2002年、2003年と史上初のグランプリ連覇を達成し、また初めて6番車でのグランプリ優勝を成し遂げたことから”最強の6番車”、”中部の帝王”と畏れられた山田裕仁。全盛期の捲りは神山雄一郎・吉岡稔真といったトップレベルにも引けを取らない力強さがあり、中部地区の司令塔として戦い続けた。現役最晩年まで捲り兼備の自在型として活躍したが、2014年3月の名古屋日本選手権を最後に引退を表明。同年5月26日に登録消除。引退時の級班はS級1班であった。
山口幸二(岐阜)
今や競輪界のご意見番としてすっかりお馴染みの山口幸二。現役時代は2度のグランプリ制覇を果たしたが、2回目となった2011年は中部3番手から追い込み、43歳5カ月で優勝。この記録は最年長優勝記録として、今なお破られていない。翌2012年も2度のG1決勝進出を果たしたが、グランプリ出場権は得られずS級S班からの陥落が決定。決勝に進んだ競輪祭(7着)を最後に引退を表明した。同年12月25日、登録消除。引退時の級班はS級S班であった。SS格付けのまま引退した選手は、2009年に急逝した手島慶介(群馬)と山口の2人のみである。
児玉広志(香川)
小柄な体格と、それを補って有り余る気迫溢れるレースが持ち味だった香川の勝負師・児玉広志。時には落車・失格も厭わない危険な走りを展開することもあったが、1996年~2000年にかけて5つの特別競輪タイトルを獲得した実力は本物であった。2001年以降は過度な落車により成績も下降したが、現役最晩年までS級1班を維持し、存在感を見せつけた。2015年8月7日、登録消除。引退時の級班はS級1班であった。
加藤慎平(岐阜)
変幻自在の立ち回りで2000年代中盤の競輪界を盛り上げた加藤慎平。特に、2005年は12月の岸和田全日本選抜でG1初優勝を飾ると、その勢いのままにグランプリを制覇。G1初制覇後わずか1カ月でグランプリ優勝という離れ業を成し遂げた。その後は2010年に発症した腰痛を押しながら現役を続行。2019年前期のA級陥落を前に、2018年12月13日で登録を消除した。引退時の級班はS級2班であった。
有坂直樹(秋田)
全盛期は鋭い捲り・差しを武器に一線級で活躍。2006年、37歳で初出場を果たしたKEIRINグランプリでは、北日本3番手から直線中をこじ開けて優勝。その他、2005年には第1回のサマーナイトフェスティバルを制し、ナイターレースでの強さから元祖「夜の帝王」と呼ばれた。現役最晩年は腰痛・膝痛に悩まされ、成績が降下。2022年のA3降班を待たずして、2021年9月30日に引退となった。 引退時の級班はA級2班であった。
まとめ
今回は、グランプリ優勝選手の引き際についてご紹介した。S級、それもトップクラスに君臨したままバンクを去る者、A級に陥落しても限界まで戦い続ける者と、その最後は様々である。現在もG1で戦い続ける選手は、どのような身の引き方を選択するのか―。
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