競輪を初めて見ると、レース序盤は選手たちが一列に並び、ゆっくり周回しているように見える。「自転車の速さを競うのに、なぜ最初から全力で走らないの?」と不思議に思う人も多いだろう。実は、そこには自転車競技ならではの「風圧」と、選手同士の駆け引きが深く関係している。

競輪の序盤は「ゆっくり」でも時速30~40km

競輪は一般的に約1,600~2,000mを走り、最後は時速60~70km近くに達する。しかし、前半から全員が全力疾走しているわけではない。序盤は時速30~40km程度で先頭の誘導選手について走りながら、有利な位置や仕掛けるタイミングを探っている。観戦していると遅く見えるのは、終盤の速度があまりにも速いからだ。

では、なぜ最初から加速しないのか。最大の理由は、先頭で風を受け続けると体力を大量に消耗するため。競輪は「最初に飛び出した人」ではなく「最後に先着した人」が勝つ競技だからこそ、前半で力を使い切るわけにはいかない。

時速が2倍になると、空気抵抗は約4倍に

自転車が走ると、無風の日でも進む方向と逆向きの空気抵抗を受ける。空気抵抗は、ほかの条件が同じなら速度の2乗に比例する。たとえば時速30kmから60kmに上げると、空気抵抗の力は約4倍。さらに、その抵抗に打ち勝つために必要な出力は約8倍になる計算だ。もちろん、これは空気抵抗に限った比較で、実際の疲労が8倍になるという意味ではない。

海外の自転車空力研究でも、高速走行では空気抵抗が非常に大きな負担になることが示されている。レース終盤に先頭で風を切る行為は、見た目以上に厳しい仕事なのである。

前の選手の後ろなら、空気抵抗は何%減る?

前の選手を風よけにして走ることを「ドラフティング」という。海外の風洞実験などをまとめた研究では、単独で走る場合と比べて、先頭から2番手の選手は空気抵抗が約30~45%、3番手以降は約35~55%小さくなる例が報告されている。

たとえば、単独走行時の空気抵抗を100とすると、2番手では55~70程度になるイメージだ。ただし、これは実験条件に応じた目安。車間、選手の体格や姿勢、横風、前後の人数によって変わり、「後ろにつけば必ず半分になる」というわけではない。また、減るのは主に空気抵抗であり、体力の消費全体が同じ割合で減るわけでもない。

この差があるからこそ、競輪では前の選手について脚を温存できる「番手」の位置が重要になる。先行選手が風圧を引き受け、後ろの選手が脚を残すという構図は、競輪の「ライン戦」の基本でもある。

先頭誘導選手がいる理由とは?

レースの先頭を走る、紺色系のユニフォームを着た選手が「先頭誘導選手(先頭員)」だ。車券の対象となる競走選手とは別に、決められたペースで走り、後続の風よけとペースメーカーを務める。

仮に誘導員がいなければ、誰も序盤から風を受ける先頭に立ちたがらず、選手同士がけん制して極端なスローペースになりかねない。反対に、誰かが早々に飛び出せば、先頭だけが大きな風圧を受ける展開にもなる。誘導員には、序盤の進行を安定させ、選手が駆け引きできる条件を整える役割がある。

競輪には誘導員を一定地点まで追い抜けないルールもある。たとえば400mバンクでは残り2周になるまで先頭員の追い抜きは禁止。そこから各ラインが動き始め、残り1周半の「打鐘(ジャン)」前後には一気に緊張感が高まる。

なお、オリンピックなどの国際競技「ケイリン」ではバイクがペースメーカーを務めるが、日本の公営競輪では自転車に乗った誘導選手が担当している。

ゆっくり走る時間にも勝負がある

誘導員の後ろで隊列を整える時間は、単なる休憩ではない。どのラインが前を取るか、どの選手が先行するか、誰が後方から捲るか。選手たちは風を避けながら相手の動きを読み、最後の数百メートルに向けて準備している。誘導員が退避した後も、互いに先頭を譲り合い、一時的にペースが落ちることがある。

次に競輪を見るときは、最初からスピードだけを追うのではなく、「誰が風を受け、誰がその後ろで脚をためているか」に注目してみよう。序盤の静けさと終盤の爆発的な加速、その両方が競輪の面白さなのである。

参考文献・参考資料

  1. KEIRIN.JP『KEIRINなび 初心者でもわかる!かんたん競輪ガイド』(2021年)
    公式PDFを見る
    競輪の序盤が時速30~40kmであること、風圧と先頭誘導員の役割について解説。
  2. KEIRIN.JP『競輪資料室・競輪講座』
    公式サイトを見る
    風圧による影響や、先行・追い込みといった戦法、ラインを組む理由について解説。
  3. KEIRIN.JP『競技規則等の一部改正について』(2019年)
    公式サイトを見る
    先頭誘導選手の追い抜き禁止や退避に関する競技規則。
  4. Crouch, T. N., Burton, D., LaBry, Z. A., & Blair, K. B.(2017)『Riding against the wind: a review of competition cycling aerodynamics』
    Sports Engineering, 20, 81–110.
    論文を読む(英語)
    自転車競技の空気力学に関する総説。2番手の空気抵抗が約30~45%、3番手以降では約35~55%軽減されるという研究結果を紹介。
  5. Barry, N., Burton, D., Sheridan, J., Thompson, M., & Brown, N. A. T.(2015)『Aerodynamic drag interactions between cyclists in a team pursuit』
    Sports Engineering, 18, 93–103.
    論文を読む(英語)
    4人で隊列走行した際の空気抵抗を風洞実験で測定。単独走行との比較で、先頭から順に約5%・45%・55%・57%の空気抵抗軽減を確認。
  6. 国際自転車競技連合(UCI)『About Track Cycling』
    公式サイトを見る(英語)
    国際競技のケイリンにおけるペースメーカーや競技方式について解説。