愛知県一宮市にかつて存在した一宮競輪場(いちのみやけいりんじょう)。「繊維の街」として栄えた一宮市の発展とともに歩み、長年多くのファンに親しまれてきましたが、2014年(平成26年)3月をもって64年の歴史に幕を閉じました。これは、愛知・岐阜・三重の東海3県(中部地区)の競輪場として初の廃止事例となり、当時の公営競技界に大きな衝撃を与えました。

本記事では、自治体の公表資料や当時の記録(一次資料)を基に、一宮競輪場の基本情報から、かつての賑わい、廃止に至った構造的な要因、そして大型商業施設へと劇的な変貌を遂げた跡地の現在までを詳しく解説します。


1. 一宮競輪場の基本情報

まずは、一宮競輪場の概要と設備に関する基本データを紹介します。

■ 基本スペック一覧

項目内容
所在地愛知県一宮市羽衣2丁目5-105(※現存せず)
開設日1950年(昭和25年)11月24日
閉場日2014年(平成26年)3月16日(本場最終開催日)
走路(バンク)400m(日本一長いみなし直線)
施行者一宮市(単独施行)
施設・土地所有一宮市(市有地・市有施設)
主な開催レースオールスター競輪(GI・2008年)、日本選手権競輪(GI・1991年)。毛織王冠争奪戦(GⅢ)など

一宮競輪場は、戦後復興の財源確保を目的に、一宮市営球場(のちの一宮市営球場跡地)などと共に一体的に建設されました。


2. 「繊維の街」の活気と共に歩んだ黄金期

織物産業の発展と競輪の賑わい

一宮市は古くから「ガチャ万(織機をガチャンと回せば万儲かる)」と言われるほど織物・繊維産業で莫大な富を生み出した街です。1950年(昭和25年)の開設以降、地元の労働者や商売人たちがこぞって競輪場へ足を運び、場内は熱気に包まれました。

収益金は一宮市の財源として道路、学校、市役所庁舎といったインフラ整備に直結し、戦後復興および都市開発に大きく貢献しました。特別競輪も「オールスター競輪(GI)」を5回、「日本選手権競輪(GI)」を4回開催。地元の中部地区の選手はもちろん、全国のトップレーサーたちがこの400mバンクで激戦を繰り広げました。


3. 廃止に至った背景:大規模場ゆえの「経費」の壁

順調に見えた一宮競輪ですが、平成に入ると他の公営競技場と同様に厳しい局面を迎えます。一宮市が廃止に踏み切った背景には、長期的な売上減少と、一宮競輪場特有の構造的な問題がありました。

ピーク時から売上が激減

一宮市の公表資料によると、一宮競輪場の売上高は1991年度(平成3年度)の約358億円をピークに、その後はレジャーの多様化、景気の低迷、ファンの高齢化などによって右肩下がりに減少していきました。

2000年代後半以降は単年度赤字を計上する年が増え、2012年度には再び赤字に転落。売上高の減少傾向に歯止めがかからない状態となっていました。

大規模施設がもたらした「高コスト構造」

一宮競輪場はもともと全国でも有数の規模を誇る競輪場でした。敷地面積が広く、特別観覧席(特観席)がホーム側とバック側の両方に設置されているなど、非常に立派な設備を備えていました。

しかし、本場への入場者が減少した平成後半においては、この「広すぎる施設」が仇となります。施設の維持管理費や警備費、運営人件費などの固定費(経費)が膨大にかかる「高コスト体質」から脱却できず、コンパクトな経営への転換が極めて困難な状態に陥っていました。

これらの状況を踏まえ、当時の谷一夫一宮市長は2013年(平成25年)6月3日、「黒字転換の見込みが立たず、これ以上市民の税金を投入するわけにはいかない」として、2014年3月末での開催廃止を正式に発表しました。


4. 64年の歴史に終止符を打ったラストレース

2014年(平成26年)3月16日、一宮競輪場は本場開催の最終日を迎えました。当日は天候にも恵まれ、場内には別れを惜しむ多くのオールドファンや家族連れが詰めかけました。

最終日の全レース終了後には解散式(閉場セレモニー)が行われ、バンク内やスタンドからは「ありがとう一宮競輪」「寂しくなるな」といった温かい声援や拍手が送られました。大きなトラブルもなく、穏やかで感動的な空気の中で、尾張の地に歓声を響かせ続けた64年間の歴史に静かに幕が下ろされました。


5. 跡地の現在:大型商業施設と場外車券売場への劇的再生

一宮競輪場の閉場後、広大な市有地は一宮市によって有効活用され、現在は市民の生活を支える拠点へと完全な生まれ変わりを果たしています。

■ 競輪の灯を残す「サテライト一宮」

本場でのレース開催は終了しましたが、一宮市は車券発売機能を維持するため、敷地の一部を活用して専用場外車券売場「サテライト一宮」を2019年(平成31年)4月4日に新装オープンしました。

さらにその後、2020年にはオートレースの場外車券売場「オートレース一宮」、2021年には地方競馬の場外馬券売場「サンアール一宮」も同施設内に順次開設され、現在は3つの公営競技を楽しめる総合場外発売所として機能しています。

■ 巨大複合商業施設「スーパービバホーム一宮店」の誕生

レース場やスタンドが解体された広大な跡地の大部分は、民間事業者への貸し付け(定期借地権)によって大規模な商業エリアへと再開発されました。

2022年(令和4年)2月23日、跡地に「ホームセンタースーパービバホーム一宮店」を核とした大型複合商業施設がグランドオープンしました。

敷地内には、資材や日用品を網羅した巨大なホームセンターだけでなく、以下のような多彩なテナントが出店し、エリア全体の利便性を大きく向上させています。

  • 平和堂(スーパーマーケット):地域の食生活を支える中核店舗。
  • ヤマダデンキ(家電量販店):大型の家電売場を展開。
  • ニコペット(総合ペット専門店):動物病院やトリミング施設も併設した大規模ペットショップ。

かつて数万人のファンが勝利を追い求めて一喜一憂したコンクリートのスタンドとバンクは姿を消し、現在は週末になると多くの買い物客や家族連れで賑わう、明るく近代的な生活拠点へと見事に転換されています。


まとめ:都市の発展を支え、形を変えて生き続ける聖地

一宮競輪場は、戦後の混乱期から高度経済成長期にかけて一宮市の財政を支え、都市発展の礎を築いた重要な歴史的遺産です。

時代の変化に伴い、競輪場としての役目は終えざるを得ませんでしたが、その跡地は放置されることなく、市民の雇用を生み出す商業施設と、ファンが集う場外発売所へと形を変えて活用されています。かつてこの地が持っていた「人々を惹きつけるエネルギー」は、形を変えた今も一宮の街に脈々と受け継がれています。